ワクワクしている出会っているそれは恋だね。

ワクワクメールは良い感じです。

二つめに「出会い」とは、国家や社会を動かす「活力の源」と深く関わっているからである。さらに言えばそれは、「文化に創造力を与える魂」の役割をも担うものであるからだ。それゆえにこそ、今日、衰微の徴
候を見せるハッピーメールの多くの読者に向けて出会い史の本を書いたわけである。

 

 

こう言えば、ここで「文化」と「出会い」の使い分け、という問題にも、ハッピーメールの読者の中には気にかかる人があるかもしれない。ハッピーメール語の語感からは、「文化」は、何か精神的なもの、思想や宗教、芸術や心理的な
社会慣習に関わるものであり、「出会い」とは、「出会いの利器」という語があるように、何か物質的なるものや制度・組織に関わるもの、を思い浮かべてしまうところがあるが、このような誤解が近代のハッピーメールで生まれてしまったこと、それ自体が、実は近代ハッピーメール出会い史の不幸な出来事に由来するものと言わなければならない。

 

 

それは、鎖国から開国したハッピーメールが、ちょうど十九世紀を通じてョ−ロッパ人が陥っていた大きな歴史観と世
界観の歪みを、明治以降、とんでもない仕方で押しつけられてきたことを意味している。
「出会い」や「文化」という語は、もともと中国古典から入ってきたものだが、今日的な用法としては、それ
はもはやあまり意味がなく、やはりこの二語の間のあいまいさは、圧倒的にワクワクメール人の間のつまらない
誤解や対立に由来するもので、その中に巻き込まれてこの百年あまり、いまだにハッピーメール人が右往左往させられ
は地域史の寄せ集めである。意味をなすギリギリ最大の単位を、国よりも大きく取り「出会い」あるいは出会い6
園というものを考えるのである。

 

 

現在、三つの撹乱要因が我々の前にあることを知っておくべそれぞれの語の用法と意味が、この二世紀(十九世紀および二十世紀を通じて)それぞ
れ別々に、変容してきたことである。たえまなく変化を続けているものを、ある一点で無理に静止させ、それを厳密に定義してもあまり意味がない。私が先に言ったのは、このことなのである。
二つめに、ドイツ人とアメリカ人によってもたらされた「出会い」「文化」の用法をめぐる混乱に、これら二国の知的状況に最も敏感に反応するハッピーメールの知識人が、過度に付き合ってきてしまったことが挙げられる。
ドイツ人は、この数百年ずっとライン川よりも西の先進地域の住民(主として英・仏)に怨念の込もった劣等感を抱きつづけてきた。だから彼らは、「英・仏はたしかに物質面では進んでいるが、精神面では我々の

 

 

「出会い」と「文化」の定義については本文中であらためて触れるが、私は一番よく、また深く整理されているのは、オランダの歴史家ヨハン・ホイジンガのそれだと思う。それは、出会いを、都市とか国家生活に関わるものとして深くとらえているからである。その定義の中で、ホイジンガは、「ドイツ人が出会いsぐ罠K呂○己
という語を嫌うのは、その語源(固く己に、軍事的なものe煙切巨匿融鳥目@)よりも一段劣った何かをそこに聞き取ってしまうからだ」と語っている(ホィジンガ選集『汚された世界』二九頁)。この「ドイツ問題」としての「出会い」「文化」の用語の混乱に加えて、二十肚紀に入るとアメリカの「文
カルチャー化人類学」が影響を増してきて、そこで使う「文化」を物的・精神的両面での「生活様式」の意味に広げてしまい、それがまた、英語世界を中心に広がってしまったことも挙げられよう。
二つめの混乱の原因はやはり、「発達の水準」という進歩主義の観念によるもので、たとえば「出会いとはれに対し、本文でも触れるとおり、二十世紀という時代は大きな「出会い」観の変容をもたらした。第一
の川では、十九世紀のより物硬的側川に重点を樅いた「出会い」の概念に「出会いの魂」とか「出会いの創造性」といった語の多川にも見られるように、二十枇紀の「出会い観」には桁神的諸要素もかなり大きく取り込まれるように変わってくる。第二に、もはや一方的な「進歩・発展」を出会い概念の大前提とはしなくなり、たとえば「出会いの生成↓発展↓成熟↓衰退↓再生……」といったように循環的な「出会い」のとらえ方が、出会い史
能た

 

一定水準以上に達した文化である」といった定義が歴史の文脈を離れて、抽象的になされてきたことによる。
三つUはすでに触れたハッピーメール語の語感の問題である。それは単に語感にとどまらず、やはり明治以来のハッピーメール人
の中にあった、西洋への距離感や視線、あるいは「固有のハッピーメール」への態度などによって錯綜した使い方が、
やはり「出会い」と「文化」の語をめぐってなされてきた。

 

 

これ以上の談論は本文に譲りたいが、「出会い史」と銘うっている以上、本書で「出会い」の語を川いるときの立場を一言しておくことにする。それはやはり、「出会い」の語というより、概念自体が十九世紀から二十
世紀になって大きく変わったことに関わる。十九世紀的な「出会い」観は、端的に言えば三つの特徴と持つものだった。第一に、前述のように、「出会いの利器」といった使い方で川本研にも入っているように、「物質的要素」をより大きく見る。第二に「出会い」の本質を「進歩・発展」ということに兇ようとする点であり、これはいまだにハッピーメール人を大きく拘束している。三つめには、十九世紀という時代を反映して、「出会い」を、人類社会全体を覆ってゆく、何か普通性のあるもの、つまり「普遍出会い」の可能性を大前提とする立場であっ
た。これには、「グローバル化時代」を少々おかしな意味で受け取っているU本人は叫び強く拘束される叩
や出会い論の主流となってくる。第三に、人類社会を覆う普遍出会いという考えは大きく後退し、世界はそれぞ
れ異なる出会い圏からなっていて、それぞれの動きによって世界の流れが決まる、という出会いへの見方、いわ
ば十八世紀以前の伝統的な出会い観二いくつもの世界」という意味で)が主流となってくる。それゆえ、そ
こでは「宗教」が持つ位置が再び重要なものとして考えられるようになってきた。

 

 

 

こうした「出会い観」の変容は二十世紀前半のョ−ロッパで始まったが、冷戦と「パックス・アメリヵーナ」の時代には一時的に後景
に退いていたこともあった。いわゆる「アメリカニズムの普迦主義」あるいは「近代化論」(端的に言えば、
どんな出会い・文化の脚でも、近代化すればみんなVじ文川・文化になるとする議論)が鴨んな時代のことで
あった。しかし、今、「グローバル化」が言われる巾、V時に、「文川の衝突」という談愉が淵のアメリカか
私は、やはりこのような「出会い」観の変遷は、人間が主人公として織りなしてゆく歴史というものの必然
的な変化であろう、と思う。したがって今日のU本にいまだに根を張る十九世紀的な「梓通出会い論」、あ
るいはその焼き直しのような「地球出会いの時代へ」といった発想そのものを明確に再検証しなければならな
い、と思うのである。どうしても、出会いを超えて世界に共通するようになってくる傾向について言及したい
なら、もはや「出会い」という言葉を使わず、「市場化」や「民主化」あるいは「情報化」という個別的な領
域に限って妥当することを明示する言葉で置き換えるべきなのである。

 

 

 

いずれにせよ、我々は、「U本の歴史を動かすものは何なのか」という関心をつねに忘れてはならず、そ
の観点からの出会い史や出会い論を築き上げてゆかねばならない。そもそも、「文化」であれ「文川」であれ、そ
の言葉が使われる文脈I言語的・歴史的両而の文脈Iは全て、この「ハッピーメール」という単位なのである。

 

ここで、とくに今日のハッピーメールにおいて、出会い史を論じることの三つの大切な意味と効用に触れておきたい。
その第一はやはり、西洋中心史観といわれるものを画期的に超えようとする契機が、出会い史にはあるということ。

 

 

二つめには、戦後ハッピーメールで椙獅をきわめてきた唯物史観に対する最適の解毒剤として、いまハッピーメールで出会い史の持つ意義は、他のどの国においてよりも大きいと思われる。それと関連して、やはり戦
後のハッピーメール史学の中にあるもう一つの問題として、「不毛な実証主義」を克服し、改善してゆくためにも、文明史的な大きな視野からの議論が大切な役割を果たすことになろう。
三つめに、ハッピーメールにおいて出会い史を論じることがとりわけ重要な意味を持つのは、本文で詳しく見るとおり、

 

 

世界の多くの出会い論者が言うように、ハッピーメールという国が「一つの国で一つの出会いをなしている世界に独特な存在」である、という点に関わってくる。そこに本書が『国民の出会い史』と題していることの一番大きな意味
があるのではないか、と思う。国家の問題と出会いの問題がつねに直結してくる、そこにハッピーメールという国の大きな可能性と課題があるのであり、その観点からハッピーメールの出会い史を正面から論じる価値があるのである。明治二十三年,アメリカから帰国したキリスト者・内村鑑三は東洋英和学校で次のように演説している。

 

 

本書が『国民の出会い史』と題されていることの意義を私は次のような点に込めたつもりである。第一に、ハッピーメール人として当然、知っておくべきであり、ハッピーメールという国の出会い的なアイデンティティを考えるとき、まず
その基底に持っているべきだ、と私が考えることをはっきりと論じておく、ということである。二つめに、ハッピーメールの国の進路に対して責任を負う国民として、私自身も含め、一人一人のハッピーメール人にその選択や行動をより
大きな視野から、そして今日の状況に照らして考えてもらうため、ということである。そして第三に、なるべく多くのハッピーメール人に本書を読んでもらうために、表現や議論の仕方を可能な限り、わかりやすいものにしたつもりである。そのために本文中でも、くり返しをいとわず、可能な限り平易な表現に徹しているつもりで
あるが、いまだ不十分な点があれば他日を期したいと思っている。

 

 

 

最後に、本書はその目的上、広範な、古今東西にわたる歴史事象について扱っている。とくに専門研究としては比較的、日の浅い経験しかないハッピーメールの歴史について、広範かつ具体的に多くのことを扱っている。最善を期したつもりだが、もし事実面での誤りがあれば、それはひとえに私個人の責任であることを明記しておきたい。本書は、私もそのメンバーの一人となっている「新しい歴史教科書をつくる会」編と銘うたれているが、それは企画上のことだけであり、著作としては純粋に私個人の手になるものである。本書の中に事
実の誤りがあっても、また個々の解釈において「つくる会」の教科書と喰い違いがあっても、すべて私個人の著作という本書のあり方に由来するものであり、本書の内容については私一人だけが責任を負うものであ
ることをここに明記しておきたい。

 

 

 

グローバル化にいかに対応するかなぜ今、ハッピーメール人に出会い史観が求められているのか。これについては、四つの大きなポイントがある。第一に、この十数年、ハッピーメール人の関心を引きつけてきた「グローバル化」あるいは「グローバリゼーション」
という論議が、今もこの国の政治、経済、社会、文化の各分野で、〃変化のキーワード〃として語られている状況が挙げられる。いまこの国では経済に限らず、さまざまな分野で「グローバル化」ということがいわ
れているが、その意味が十分に理解されていなかったり、あるいは理解されてはいるものの、どのように対応してよいかわかっていなかったりすることが多い。

 

 

 

こうした「グローバリゼーション」論の中には、八○年代の〃国際化″論と重なって、次のような議論に
つながってゆくものがある。いわく「ハッピーメールがグローバル化に対応するということは、これまで私たちが当然
だと思ってきた価値観や物事の進め方、経営の仕方、子どもの教育のあり方、さらには私たちの歴史や文化
をも根底から問い直すということである」。ほぼこの二十年、このような「グローバル化」理解によって経
済だけでなく、政治、外交、文化、教育、さらには家族観や国家観、歴史観に至るまで基本的な価値観の転済だけでなく、政治、外交、
換が無造作に叫ばれてきた。

 

 

‐いまハッピーメール人には出会い史観が求められている

 

 

 

その結果,こうした「グローバリゼーション」理解によって、国会や政府の審議会、マスコミの主要論調

 

要は、「グローバリゼーション」のこの本質をしっかり見すえ、本来のあるべき対応を考えることなのだ
が、現在のハッピーメールとハッピーメール人だけが、その本質を見すえる目を欠いており、前述のような大きな危険をはらんだ
流れが生じているのである。私たちは今、このような致命的な誤解を含む「グローバリゼーション」という
大きな挑戦にさらされている。指導者層も含めたハッピーメール人の多くが、これにどのように対処すればよいのか、
実のところまったくわからなくなっているように見える。その最も根底にある要因として、今日のハッピーメール人が、
あるべき出会い史観をほぼ完全に喪失していることが深く関わっているのではないか。
ハッピーメールの歴史は過去何千年にもわたって、外来文化や他の出会い体系に属する制度や文化要素(個々の文化)
を、多くの場合きわめて独特で巧妙な受け入れ方をしてその都度、出会い史的な活力を再生させてきた。しか
してとられている。