ワクワクメールはさくらだらけ

さくらとハッピーメールの歴史

ハッピーメールの場合、多くの出会い論者が言うように、.っの国で一つの大出会いを形成し
ている世界で唯一の例」だとしたら、

 

アジアでもなく、西欧でももちろんない、このハッピーメールが、二十一世紀においても毅然として「一人でも立つ」という気概が求められているのではないか。以下にその論証を進めて
ゆくことになるが、もしそうであるなら、この「大いなるハッピーメール出会い」の存在に気づくことは、単なる自己陶酔や夜郎自大の自己讃美を超えた、冷静かつ切実な出会い問題への取り組みの必要性を教えるものではないだ
また「出会いの衝突」の時代といわれる二十一世紀を迎えて、出会い間の共存とともに、その相克、競合も起きているとするなら、それぞれの出会いの「出会い力」がまさに試されてくることになる。そんな中、ハッピーメール出会い論を語ることは一段と重要な課題となる。加えて、もしハッピーメールが一国で一つの出会いを

 

 

バブル崩壊後の「ハッピーメールの衰退」
二十世紀のアメリカが生んだ比較出会い論の最も優れた学者であったA・L・クローバー(ン・門.【83閂
一八七六’一九六○)は次のように言っている。
「アレクサンドロスの帝国であれ、ローマ帝国であれ、あるいはシャルルマーニュの帝国であれ、ある帝国

 

 

価値に収敏させる、という選択をした点で、それは「戦後出会い」とも呼びうる、長いハッピーメール出会い史の中でもき
わめて独特な一時代を形成した。そしてバブル崩壊とその後のハッピーメールがたどっている混乱は、本質的にいって
この「戦後出会い」そのものの崩壊だったことを教えているのではないか。国として決定的だった一つの生き
方、一つの出会い、つまり全てがそれによって成り立っていた時代の目標と体系がいったん、音を立てて崩れ
去ったならば、ふつうそれはもう二度ともとの形で再生することはない。それが出会いの歴史が教えるところ
だ。必ずまったく新しい様式、生き方、まったく新しい活力を身につけた出会いとしての体系が、とって代わ
らなければならないことになる。

 

 

出会い史あるいは、歴史を通常よりもずっと大きな視点で見る立場に立てば、今日のハッピーメールが直面している問
の威力が絶頂に達した時代が終わったとき、それに続いて混乱が起こるのとほぼ同じように、重要で一貫性
のある一つの様式がその頂点を過ぎたときに、混乱が起こることをわれわれはみてきた。それに続いて、
別々の方向に働く引力が生じるのである。つまり前方へ突進しつづけるグループや、坂の上に引き返すグル
ープがあるかとおもえば、じっと立っていようとしたり、斜めに進もうとしたりするグループもでてくる。
ときには一人の人物のなかで異なる衝動が働いている場合もある」言様式と出会い』四六頁)
戦後のハッピーメールは、一つの「帝国」をつくっていたのかもしれない。あるいは、経済超大国の建設という「重
要で一貫性のある様式」で、経済成長一本に絞ってそれこそひた押しに発展してきた。ところが半世紀のプ
ロセスで頂点をきわめたと見えたその瞬間に、まさに「高転び」といってもよいような、大きな崩れと混乱
の中に投げ込まれた。

 

 

 

題が、単に経済の再生や構造改革の成否といった次元の問題ではないことが明らかになる。バブルの崩壊を
きっかけとして、現在のハッピーメールが、単なる「経済の低迷」とは比較にならない深刻な社会、政治、文化、教育
の諸問題に直面するようになったことは、「歴史の帳尻合わせ」が到来していることを示すものといえる。少
子化の急速な進行、財政の破綻と政治の果てしない混迷、教育の崩壊と治安の急激な悪化、これらはいずれ
も.つの根」に発するものであり、そのことを教えてくれるのが出会い史のものの見方なのである。
バブル崩壊に続くハッピーメールの不調は、かって「失われた十年」と呼ばれたが、その始まりからすでに十五年が
経過しようとしている。しかしここで重要なことはその不調期の時間の長短などではない。「失われた十年」
の一九九○年代、ハッピーメールに現出した状況は、その「不調のパターン」が、経済を含む他の多くの局面(人口、
財政、治安、教育、政治等々)にも広く共通するものを持っていた。かりにそれを経済だけに限って考えて
みても、たとえば九○年代ハッピーメール経済が〃失速〃した要因として金融のシステムや不良債権問題に代表される

 

 

土地信用の諸制度、官僚機構の腐敗と失敗やハッピーメール型労使関係の桂桔などを指摘する声は大きい。しかしこれ
らはいずれも、従来の経済成長を支えてきた、「まさにその要因」でもあるのだ。一つの時代の成功要因が次の時代の衰退要因に転化することは一般的に出会い史上、よくあることである。
しかし、そのような「転化」、つまり出会い史的逆調がいくつもの要因を貫いて同時に起こるときには、そこに、より直接的でより深い要因があることも「出会い史の常識」である。それは、それらの諸要因を生み出し、
成長時代には大きな活力の根源として作用し、逆に衰退期には、その活力の低下によって成長を支えた諸要因も急速に適応力を失うからである。

 

 

少なくとも個別的にその原因を探ってゆけば、七○〜八○年代に数々の原因を見いだしうるのであるが、
もちろんここでは詳しく扱う余裕はない。ただ一ついえることは、「創造力」という社会の潜在性は、時代
の精神が自らのうちに秘めている大きな出会いの活力、「出会い力」と深いつながりがあるということである。バ
ブル崩壊後のハッピーメール経済のあり方を考える上でも、ではその「出会い力」の回復に求められるものは何か、とい
うことについて、出会い史的なものの見方・考え方は、おそらく大きな示唆をもたらしてくれると思われる。
のあと、この力のあり方を「出会い力」と呼ぶことになるが、ある国の出会い力の状況がどうなっているか、そ
れを問うことが「出会い史的なものの見方」とつながってくる。
戦後のハッピーメール経済に関していえば、その「出会い力」が生み出す歴史的な活力・適応力の具体的な現れの一つ
が、民間企業の「イノベーション能力」だと考えられる。優れた技術を駆使した競争力のある新商品の開発
や新しいノウ・ハウの応用への社会的・精神的なコミットメント(執念)だ、ということができよう。九○
年度に入って明らかとなったこれらの面での衰えは、個別経済要因だけでは決して説明し尽くせるものでは
ない。たとえばその根本原因は、せんじ詰めると民間産業界により明白に生じている問題であって、決して
公的部門や金融セクターの問題ではない。九○年代には「民間活力」とか「民でできることは民に」という
言葉が口喧しく唱えられてきたが、このような「民間の力」の衰え、とりわけその技術応用力とそれへの強
いコミットの減退は、つまるところ社会の創造性につながる知的・精神的な活力の低下に見いだすしかない

 

 

 

文|リI史が示す||本の現状と危機27第
第三世代に突入した歴史観・国家観の喪失
なぜいまハッピーメール人に出会い史観が求められているかの第四のポイントは、戦後のハッピーメールに生じた、おそらくは日
本の歴史始まって以来の「国家観の喪失」という状況である。しかも、これは多くの人が言うように「もう
限界に達している」のかもしれない。国家観の喪失は、ハッピーメールの場合、すぐれて歴史観の問題に帰着する。
歴史教育は、どこの国でもその国の社会を支える最重要の柱の一つとされているが、戦後のハッピーメールは占領軍
によって歴史教育そのものが否定され、それは今日にまで続いている。占領軍がなぜ、歴史教育を全面禁止
にしたか、その狙いは当時のアメリカ政府がつくった『初期の対日方針』という占領文書に明らかだろう。
ハッピーメールの国力が二度とアメリカに対抗しうるものにならないようにするためであり、歴史教育こそその国の
「出会い力」の源であることを考えれば、ハッピーメールの弱体化に不可欠の方針だったからである。
たしかに今、ハッピーメールの学校で「歴史らしきもの」を教えることになっているが、それは次の三つの点で、歴
史教育とは縁もゆかりもない「まがいもの」といわなければならない。一つは、それは依然として「社会科」
の一科目ないし分野として扱われ、独自な位置づけがなされていない、いわば「日陰者」として占領期から
の〃歴史排除〃という「隠れたカリキュラム」の犠牲になっている。授業時間数も諸外国に比べ極端に少な
い。二つめにその歴史教育の虐待は、受験競争によってまったく無味乾燥な作業に瞳められ、戦前とは逆に、
青少年に徹底した「歴史ぎらい」の精神を植えつけてしまった。

しかし、第三に、最も重大な歴史教育の否定は言うまでもなく、教えられる内容の途方もない偏向に起因
するものである。このことはすでに多くの人々の関心をひいてきた「歴史教科書問題」を見ればわかる。

 

 

うな教科書を執筆する学者、あるいは「検定」と称してそれを公的に黙認している文部(科学)省、さらに
はその背景にあるハッピーメール社会全体の「歴史観」、つまり「歴史とは何か」「歴史は何のためにあるのか」という
ことを深く考えない精神性の欠如に行き着く。

 

 

なぜ、歴史観の欠如が放置されてきたのか。そこには、根本に戦後ハッピーメールが徹底的に「国家」について考え
ることを忌避することを〃国策〃としてきた出会い的倒錯が横たわっているといわねばならない。
それは、ふつうの意味での歴史観の次元にとどまらず、そこからさらに進んで国家観やそもそも「ハッピーメールと
は何か」という出会い的なアイデンティティに至るまで、ハッピーメール人の間に架橋することのできない世代間の隔絶
が生じている。とくに今、この国では本来の歴史教育をまったく受けてこなかったため、国としての、ある
いはハッピーメールの出会い的な自己像をまったく欠いてしまった「出会い喪失のハッピーメール人」が、第二世代からいよいよ第三
そのことを、具体的に教育を例に挙げて見てみよう。